« 若き日の想い出 | トップページ | MyDoomの悪夢、再び? »

2005/02/17

パソコン通信の終焉

3月末で、ついに「パソコン通信」NIFTY-Serveが終了する。サービスが開始されたのが1987年というから、私は開始直後から使っていた事になる。通信機器も、64K(32K?)BPSモデムだったし、OSもMS-DOSだったような気がする。もちろん、インターネットなど影も形もなかった。

今考えると、これで「通信」とは何であるかを理解したように思う。始めて電子メールというものに触れたのもNIFTY-Serveだったし、掲示板(と言っても、ごく初歩的なものだった)を開設して、遠隔地の仲間とコミュニケーションを計ったりもした。電子会議室(フォーラム)は、強力な情報源だったし、ソフトのダウンロードも、ここからだった(数百KBのファイルを落とすのに、どれだけの時間を要した事か)。グラフィックをまったく使わない、文字情報のみの世界だったが、カルチャー・ショックは計り知れないほど大きかった。この経験があればこそ、インターネットへの移行が簡単だったのは言うまでもない。思えば、インターネットへのゲート・ウェイもNIFTY-Serveが最初に提供してくれたのだ。

確かに、インターネットが普及した現在、パソコン通信は、その役割を終えたと言ってよい。Niftyも「プロバイダ」としてインターネット世界に移行している。

だが、その遺産は残っている。2chは電子会議室そのものを踏襲しているし、顔文字も文字しか表示しないパソコン通信だったからこその発明であった。何より、「パソ通」育ちのユーザがインターネット普及の一翼を担ったとも思う。

一時期、「パソ通」育ちは、インターネットの世界で嫌われた事がある。

曰く、顔文字が多い。
曰く、村意識が強くスラングで会話したがる。
曰く、馴れ馴れしく横柄。

といった批判があった。これらは「パソ通」で育んだ「常識」を、そのままインターネットに持ち込んだ事で起こった事だと思う。新たな世界には新たなカルチャーが存在する。「郷に入らば郷に従え」なのだと言う事を学ばなければならなかった。

私は、間違いなく「パソ通育ち」だ。それは何も特別な事ではないし、ましてや偉い事でもない。だが、そのカルチャーは間違いなく、この身を流れ、今の自分の一部となっている。パソコン通信という仕掛けは終わってしまうが、このカルチャーは無くならないと思っている。

|

« 若き日の想い出 | トップページ | MyDoomの悪夢、再び? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/62500/2966840

この記事へのトラックバック一覧です: パソコン通信の終焉:

» @niftyがパソコン通信サービスを終了 [The blog of H.Fujimoto]
現在ではインターネットがごく当たり前の存在になりましたが、その昔は「パソコン通信... [続きを読む]

受信: 2005/02/17 19:05

« 若き日の想い出 | トップページ | MyDoomの悪夢、再び? »