« 2004年11月 | トップページ | 2005年3月 »

2005/02/22

月のワルツ

私は、かなりのETV(NHK教育テレビ)ウォッチャーだと思う。おかげで(?)BSも含めて、ちゃんと受信料を払っていたりします(笑)。

ざっと、思い出しても、

おじゃる丸、忍たま、カードキャプターさくら、今日からマ王、プラネテス(は、もう終わったけど)、十二国記、ふたつのスピカ(アニメばかりだな)、ピタゴラスイッチ、ストレッチマン2、ぐっとくるサンデー(これは堀越のりが出ているので…。でも、侮れん番組だったりする)、100語でスタート!英会話(杏さゆり最高!)、サイエンスZERO(真鍋かをり最高!って、こればっかり)等々、いくらでも番組名が出てきます。

考えてみれば、「出来るかな」の大ファン(ゴン太くん最高!って、もういいか)だった頃からなので、結構、筋金入りかも(笑)。

さて、「みんなのうた」である。最近、人気が高く、再度、放映されているのが「月のワルツ」だ。作詞は、湯川れい子さん。民放でコメンテータとして出てると、時々、痛い発言をする人だが、この詞は秀逸(下敷きは不思議の国のアリスみたいな気がする)。アニメーションも、よく出来ていてファンが多いらしい。

で、この詞に出てくる「月の宮殿(チャンドラ・マハル)」というのは実在するらしいので、ちょっとググってみた。ありゃあ、月のワルツの記事ばっかりじゃん。

チャンドラと言えば、作家の名前か、HAL9000を造った人という連想が浮かんでしまうが、「月」という意味だったんですね。

で、「月の宮殿(チャンドラ・マハル)」は、インドのジャイプールにあるらしい。ジャイプールは、別名「ピンクシティ」と呼ばれており、「月の宮殿(チャンドラ・マハル)」は、シティ・パレスの中に有り、立派な建物で、今もマハラジャの子孫が居住しているそうな。写真で見ると、かなり立派な建物のようです。なぜ「月の宮殿」と言うかは判りませんでした。うーむ、行ってみたい。

お暇なら、一度、見てくださいませ。


こんなに月が 蒼い夜は
不思議なことが 起きるよ♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/02/21

ハンガリアン記法は悪なのか?

最近、D言語の解説書が出ていたので買ってくる。個人的にはD言語には懐疑的ではある。「カレーライス(C++)とハンバーグ・ステーキ(JAVA)とナポリタン・スパゲッティ(C#)を混ぜたら、とても美味しい。」的な発想に思えてならないからだ。確かに、それなりに美味いかもしれないが、合わせるために、デミグラス・ソースは省いて、ケチャップは使わないで…、となっては、結局、単品よりは美味しくならない気がするのだ。だからといって、全部を混ぜるのは味のバランスが崩れて、非常に不味いものになる可能性もある。(ひょっとしたら、飛び切り美味くなる可能性も、あるにはあるが)

まぁ、開発途上の言語なので、それはそれで見守っていけばよいのだろうが、パラパラと本を捲っていると、「ハンガリアン記法は使わない」と書いてあった。この記述だけがあり、使ってはいけない理由が記述されていなかった。で、インターネットで調べてみたのだが、D言語を紹介しているページを見ると、「絶対、使っちゃダメ」と記載されていた。これまた、理由が記載されていない。

ハンガリアン記法とは、MicrosoftのCharles Simonyi氏発案の記法で、変数名の前に、型を示す前置文字(プレフィックス)を置くやり方の事を指す。もちろん、メリットもデメリットもある方法ではあるが、インターネットのサイトのいくつかは、感情的に否定している様に見受けられる(「悪名高きハンガリアン記法」、「ソースにハンガリアン記法使っているから、お里が知れる」等)。これは、「Microsoft=悪、Windows=悪。ゆえにMicrosoftが発明しWindowsプログラミングで使われているハンガリアン記法も当然悪だ。」と言っているように思えてならない。

私も、Microsoftは好きではないし(どちらかと言えば、仕事を増やすので嫌い)、可能なら(これまた、いらん仕事を増やすので)Windowsとかかわりたくない人だが、だからといって、全否定するのは、どうかとも思う。もちろん、全てにハンガリアン記法を強制しようとは思わないし、ハンガリアン記法が適さない場合も多くある。だが、頭からハンガリアン記法を否定するのは教条的過ぎるような気がする。

ハンガリアン記法の便利な点は、宣言を見なくても型が特定出来る点であろう。これは、これで慣れると便利なものだ。

「暗号めいた名前」という記述も見受けられた。私が、よく使う前置文字は、

nサイズを気にしない符号付き整数型(int)
uサイズを気にしない符号なし整数型(unsigned int)、または符号なし整数を示す
cchar型
shshort型
llong型
ffloat型
ddouble型
pポインタ
a配列
sz文字列
byBYTE型
bbool型
fn関数型
m_構造体、クラスのメンバ変数
Cクラス名
S構造体名
E列挙名

あたりだが。「暗号」と言われるのは、これらが組み合わされた場合を言っているのだろう。

int anArray[ 10 ] ;
char * pszFileName ;
char * apszArgv[] ;

確かにapとpaでは表す意味が違うので混乱する場合もあるだろう。ただ、複雑な宣言に対しては複雑な前置が付く。つまり、元々の宣言が複雑な場合が多いように思う。

欠点は、利点の逆だと言る。例えば、実際の型と違う名前を付けると大混乱となる。例えば、

int szFileName ;

等と書いていれば、確実に変数の型を誤認するだろう。しかし、ちゃんと統一して書かなければ、どんな記法でも混乱するのは当り前ではないだろうか?

char pszName ;
char szName[ 10 ] ;
...
pszName = szName ;

これも、よくやる間違い。(ハンガリアン記法でpを付けたので安心して、実際に*を付けていない)

また、その変数の型が変わった場合、プログラム中の全変数名をリネームしなければならないのも欠点だと言える。(ただ、型依存のコードを書いている場合には、逆にチェック対象にしやすいとは言えるのだが)

もう一つの欠点は、基本データ型以外には適用し難い事があげられる。C++の場合、クラスのインスタンスにはハンガリアンが適用し難い。私の場合、ハンガリアン記法は絶対だと思っていないので、Pascal記法(最初の文字が大文字)で記述している。だが、これでは、ハンガリアンの恩恵は受けられない。

CHogeHogeClass HogeInstance ;

私個人の意見としては、長所と欠点を知った上で、使い易いものを使えばよいのではなかと思っている。盲信的に、ある書き方に拘るのは馬鹿げている。同様に、誰が考えたかとか、何処で使っているからという理由から不当に扱ったり、自身の記法と違うから排斥したりするのも馬鹿げている。要は、最も生産性が上がる方法を採れればよいのだ。

Microsoftは、長くハンガリアン記法を採用してきた。が、.NETでは使わない事になった。これを見て、「ほら、Microsoftも使わなくなった」という意見もある。「Microsoftしか使っていなかったんだから、そこが使わないなら使わんでもいいだろう」という事だと思うが、一つ間違えば、「Microsoftが使えば標準で、使わなければ非標準」という話になりかねない気がする。メリットが無くなったから(またはデメリットが大きいから)使わないのだという論点が必要なのではないだろうか。

D言語では、Camel記法とPascal記法を使うという事に異論はない。それには、そうするだけの訳があったろうから。ただ、その訳を知りたいと思うのは、私だけだろうか。

| | コメント (4) | トラックバック (2)

2005/02/17

MyDoomの悪夢、再び?

昨日から、Googleへの接続が極端に重くなる現象が何度か見られた。たぶん、こちらの問題だろうと思っていたのだが、ネット上のニュースを見ると、MyDoomウイルスの亜種が発見されたらしい。このMyDoomは、感染先のメールアドレスを収集するためにGoogle等の検索エンジンに大量のクエリを投げるらしく、検索エンジンのレスポンスを極端に悪化させ、場合によってはサービス不能に追い込む、一種のDoS攻撃として作用するらしい。とりあえず、発見が16日前後という事なので、アンチ・ウイルス・ソフトの定義ファイルを最新にする必要があるようだ。とりあえず、アップデートして、ウイルス・チェックをしている。うちでは、複数のアンチ・ウイルス・ソフトがインストールされているので、対応が大変だったりする。Linixのデスクトップもあるので、そっちも念のためチェックしておかないとな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パソコン通信の終焉

3月末で、ついに「パソコン通信」NIFTY-Serveが終了する。サービスが開始されたのが1987年というから、私は開始直後から使っていた事になる。通信機器も、64K(32K?)BPSモデムだったし、OSもMS-DOSだったような気がする。もちろん、インターネットなど影も形もなかった。

今考えると、これで「通信」とは何であるかを理解したように思う。始めて電子メールというものに触れたのもNIFTY-Serveだったし、掲示板(と言っても、ごく初歩的なものだった)を開設して、遠隔地の仲間とコミュニケーションを計ったりもした。電子会議室(フォーラム)は、強力な情報源だったし、ソフトのダウンロードも、ここからだった(数百KBのファイルを落とすのに、どれだけの時間を要した事か)。グラフィックをまったく使わない、文字情報のみの世界だったが、カルチャー・ショックは計り知れないほど大きかった。この経験があればこそ、インターネットへの移行が簡単だったのは言うまでもない。思えば、インターネットへのゲート・ウェイもNIFTY-Serveが最初に提供してくれたのだ。

確かに、インターネットが普及した現在、パソコン通信は、その役割を終えたと言ってよい。Niftyも「プロバイダ」としてインターネット世界に移行している。

だが、その遺産は残っている。2chは電子会議室そのものを踏襲しているし、顔文字も文字しか表示しないパソコン通信だったからこその発明であった。何より、「パソ通」育ちのユーザがインターネット普及の一翼を担ったとも思う。

一時期、「パソ通」育ちは、インターネットの世界で嫌われた事がある。

曰く、顔文字が多い。
曰く、村意識が強くスラングで会話したがる。
曰く、馴れ馴れしく横柄。

といった批判があった。これらは「パソ通」で育んだ「常識」を、そのままインターネットに持ち込んだ事で起こった事だと思う。新たな世界には新たなカルチャーが存在する。「郷に入らば郷に従え」なのだと言う事を学ばなければならなかった。

私は、間違いなく「パソ通育ち」だ。それは何も特別な事ではないし、ましてや偉い事でもない。だが、そのカルチャーは間違いなく、この身を流れ、今の自分の一部となっている。パソコン通信という仕掛けは終わってしまうが、このカルチャーは無くならないと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/02/15

若き日の想い出

<<この記事はムルソン大佐Blogへのトラック・バックのテスト用です>>

私が学生だったのは、はるか昔の事でしたが、人生でベスト3に入る楽しい時期でもありました。「早い」と感じるのは、ある意味、充実している事の裏返しのような気がします。とかく思ったようにいかないのが人生だといいますが、悩んだり、苦しんだりするのも、やっぱり人生の一部なんでしょうね。映画STAR TREKの何作目だったでしょうか、カーク船長が「自分の欠点は、自分が一番よく知っている。」と言ったのを、ふいに思いだしました。自分の良い点も悪い点も、ありのままで評価出来るのは立派な事だと思います。

当事、まだ学生だった私は、STAR TREKの新作が出ると深夜の映画館にフラフラと出掛けて行きました。初日に行くので、毎回、同じクラスメートと必ず遭遇します。「やっぱり、来てたかぁ!」というのが合言葉だったような…(笑)。なんか健全だったんだなぁ(って、次の日、お昼まで寝てたから健全でもないか)。懐しく思い出されます。

まぁ、昔は良かったと言い出すと年寄の証拠ですので、この位にしておきます。

--< 追記 >--
あうぅ、トラック・バックが効かない。ひょっとして禁止されてるのかな?

--< 追記 2005.2.27>--
改めて、トラックバック再挑戦です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2004年11月 | トップページ | 2005年3月 »